読みの技法 (最強将棋塾) [単行本]


将棋ファンには有名な通称島研、島朗が羽生・佐藤・森内の3名と一緒に行っていた研究会だ。執筆当時から既に相当な豪華メンバーだが、森内だけはまだタイトルが無かった時代。本書の内容は、ある局面の図が示されてそれについて3人がそれぞれ意見を延べ、島が最後にまとめるというものになっている。棋譜があるのでいくらか将棋の勉強になるかもしれないが、この本で将棋が強くなるひとはもともと相当強い人だろう。ほとんどの人にとって将棋の技術を上げるという意味では不要な本だ。この本は将棋の技法書のように思われているかもしれないが、僕にとってはどうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか?―現代将棋と進化の物語 [単行本]と同じ香りのする本だと思っている。要は技法というより将棋そのものを語っている本であるという印象が強い。ただ「どうして羽生さんだけが・・・・」は棋譜を全く読まなくても楽しめる本であるのに対して、表題の本は一応棋譜を追っていかないと面白みが分からないという点が違う。

「ロジカルな思考」という言葉が流行った時期があった。今でも流行っているのかもしれない。そしてそれを実践したいと思った人も居ただろう。あのころ、というか今でもかもしれないが「勘」という言葉は結構軽視されていた、もしくは軽視されている。勘のまずいところは言語化できていないので人に伝えることが出来ないことだ。例えば右上にぐねぐね上下しながらも上昇しているグラフをみて「上がっている」という判断をするのは勘でしかない。上がるというのはどういう意味か、グラフのどこからどこが上がっていればいいのか?下がっている部分をどうすればいいのか?そういったことを定義することで勘というものから脱却できる。僕らの視覚と脳の処理は勘であり、それを判断するプログラムを書くような場合は勘では不可能だ。結局、ロジカルな思考というものは多くの要素を捨て去って初めて可能なことだということだ。上がっているグラフが細かい定義なしに何故上がっていると認識できるのかは、多くの要素を同時に見ているからに他ならない。そしてロジカルに言い表す場合その多くを捨て去ると言うことだ。そうでなければ定義しきれない。

将棋を知らない人がプロならば100手読むというような誤解をするようだが、本書によるとプロでも10手先を5本の枝分かれで読む程度らしい。そして、彼らが重視するのは第1感というものらしい。そう、思考の取っ掛かりは勘なのである。勘をよりどころに短い手数を正確に読む、そういった所謂ロジカルシンキングの教科書にないありようについてのべられている。多分将棋だけでなく、すべての仕事でこのアプローチが最も正しいのだと思う。要するにロジカルに幾ら考えることが出来ても、勘が備わっていない時点で何の役に立たないと言うことだ。