オブジェクト指向界というものが存在したとしたら、Fさんはその中では有名な人だった。一部の人からはドンとさえ言われていた。翻訳等を精力的にしている人ではなかったので、一般的な露出は少ない方だ。僕も学生~ベンチャー企業あたりの時に事務所に遊びに行ったりした。当時の僕にとって彼はすごい人だった。多分今でもすごい人なんだろうと思う。ただ、すごさの意味合いが違ってきている。昔はああなりたいと言うすごさだった。今は、ああいった風にやって一定の名前を売るなり生活をするなりというのはかなりの才能なのかもしれない、そういうすごさだ。ああいった風という言い方になったのは、やっぱりエンジニア側からするとどうかと思うからだろう。要は彼はエンジニアに近い人ではなく、コンサルタント、もっというとOO何とかのエヴァンジェリストだったわけだ。

当時のオブジェクト指向のビジネスモデルとして、高い金を取ろうと思ったらそれは多分唯一可能なものだったに違いない。そして、彼に連なるかどうかわからないが、彼に近しい人たちもやっぱりエヴァンジェリストだった。そのエヴァンジェリストが実際の開発も出来ると考えて会社を作り、そして結局は出来なかった。Fさん自身がその会社に連ならなかった理由は知らないが、もしかしたら開発なんて出来ないことがわかっていたのかもしれない。逆に言うと会社を立ち上げたエヴァンジェリスト達は、オブジェクト指向というジャンルに純粋だったのだろう。

実際の開発現場で役に立つオブジェクト指向はクラスライブラリ等の、実装に即した渋い技術であることが多い。そうではないOOAとかOODとかいうのはなかなか難しい。ROSEが吐き出した大量のgetter setterのみを含んだクラスをObjectStoreに入れるという幼稚な手法で開発となるのだが、これを他社にやらせるのはOKだが自分がやるのは明らかに失敗だ。そんなもので開発なぞ出来るわけがないが、開発だけ他社に振っていればその他社が無能だったと言うことで済むからだ。そのエバンジェリストたちは最後には社内の人間を無能呼ばわりするような結果になった。もともと出来もしないことを自社でやったわけだから目に見える結果だったのだ。今思うと、言い訳ではなくて、当時本当にそう思ったのでないだろうか?別に誰かを貶めようと思っていたのではないのかもしれない。

僕もそろそろ40だ。歳をとった。Fさんも生きていればかなりの年齢だ。Fさんは本当のところどう思ってやっていたのだろうか。彼は口には出さなかっただけで他のエヴァンジェリストたちと違う思いがあったように思えてならない。ベンチャーをやめるときにFさんに会いたくなったのでメールを送ったのだが、スルーされてしまった。顔を合わせたときに「君のメールが埋もれていて気づかなかった。ごめんね」と言われてしまって結局話を聞けなかった。当時どういう考えを持っていたのか聞いてみたいものだ。生きているか死んでいるかもわからないが。