昔は一手でも短手数で葬ろうとする将棋が多かった。蛮勇のように見えて実際失敗することもあったのだが、それが羽生将棋の特徴だった気がする。そして、そういう手順だからこそ驚くような一手が生まれていたと思う。が、最近、特にタイトル戦ではそういう手が少なくなったように思える。どちらかというと安全策を取るような。それが悪いといっているわけではないのだが、ともかく変わったような気がする。

今年タイトル戦で二回ほど不思議な対局があった。どちらも羽生が勝っている。VS行方名人戦で棒銀だったので途中で棒銀をあきらめて銀を戻ったというのが一つ。もう一つはVS豊島棋聖戦でわざわざ垂らした歩を成り捨ててなかったことにした手だ。手待ちに定評がある羽生なので、最初はそれなのかと思ったがどうも違う。ただの手損にしか見えない。特に後者だが、これが羽生の引っ掛けだと言う人も居たが、終盤のあの場所で単純な手損などしたいわけが無いので普通に失敗だろう。実際羽生も「恥ずかしいが仕方ない」と言っている。だが、ここまで名のある棋士がこういう手を指すのは珍しい。棋書によくある「~すると何をしていたか解らない手」といわれる手で、そんな手指すくらいなら負けたほうがマシという程度に忌避されているような手だからだ。そこまで勝利にこだわったのだという気がした。

 最近羽生は「いつまでタイトル戦を出来るかわからないから、一局一局精一杯指したい」というようなことを言っている。現在名人を含む4冠なので、これは謙遜にも見えるが、多分本音なのだろう。羽生は自分が早晩勝てなくなると危惧しているのかもしれない。そう考えると羽生の指し手の変化も納得がいくのだ。