漫画

チェイサー(コージー城倉)は空手バカ一代のパロディーで主人公のモデルなんて居ないだろ

2巻まで読んだ。待ち時間に漫画喫茶で読んだので細かい台詞は忘れたが、「この主人公は実在する!」って書かれている。最初モデルは居るんだろうなーと思ったけど、これパロディーだろ。コージー城倉”談”ってのを見て、あーこれ明らかに空手バカ一代のパロディーだと思った。一巻だったかの巻末あとがきに”これは誰をモデルにしているのか知りたい”とか編集者(だったかな?)が書いているけど、おまえ絶対共犯だろ。

確か空手バカ一代は、実在しない人物を「この人物は実在する」とか書いていた覚えもある。これも記憶に過ぎないけどね。曖昧だけど、多分、絶対?パロディー。そしてこの主人公みたいな奴、今の時代ならともかく、あの時代にはそんな奴いねーよ。実在性をうたって実はウソでした、というようなものがまかり通った時代をもパロディー化してるんだろう。時々(笑)みたいなナレーションがでてくるがそういうことなんだろうな。

マンガサンデーは劇画だった

劇画というとガロっぽいイメージがあって、なんというか泥臭いデフォルメの利いていない、もしかすると下手な絵というのが思い浮かぶ。さいとうたかおが有名だが、丸っこくない絵全般がそうだったのではないか。白土三平、つげ義春なども劇画なんじゃないかと思われる。多分明確な定義があるわけではなく、漫画っぽいやわらかさがないもの全般を指していたのだと思う。


何でこんなことを書いたのかというと、コンビニの漫画単行本を見て驚いたからだ。


江戸前の旬 64―銀座柳寿司三代目 (ニチブンコミックス)
クチコミを見る


これなんだけど、普通原作者がある漫画って、原作・漫画もしくは作・画だと思うのだが、漫画や画ではなく原作・「劇画」の組となっている。「原作:九十九 森  劇画:さとう 輝」だ。調べてみたらミナミの帝王も同様だった。


このマンガをパラパラめくってみると絵はそこまでではないが、内容がアホみたいというかダサいというか、なるほどマンガサンデー連載だなと納得できる出来だ。連載誌のマンガサンデーといえば、ラーメン屋やら喫茶店の常連というイメージがあって、少々垢抜けないものなのだが、なるほど「劇画」という表現がぴったりだ。編集部があえて劇画という言葉を使っているとしたら、粋なものだ。

最新コメント
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ