経済

日銀会合 現状維持と日高記者

日銀会合+GWの時期に過大なポジションなんて持っている人が悪いわけで、負けたとしてもそれは仕方が無いことだと思う。特に黒田総裁になってからの日銀会合なんて何があるか分からないわけだから、こんなところで信用取引やFXで満玉なんて狂気の沙汰としか言いようが無い。今回勝った人の中で、「うわさで買って事実で売れ」と勝ち誇っている人も多いが、それは単に運がいいだけだ。以前の日銀会合ならばそれをやって失敗したことも多かっただろう。そんなもんは運の問題に過ぎない。そもそもそのことわざだが、「うわさになってから買い始めて、うわさが真実になった時に売れ」という意味なので、そもそもうわさが真っ赤なウソな場合には当てはまらない。

それはともかく今回、日高記事の否定を日銀会合までやらなかったのは確信犯なのだろう。もともと、市場を驚かせるとか、ねじ伏せるとかそういうのが好きな人のようなので、前回のマイナス金利の飛ばし記事には相当ご立腹だったのは想像に難くない。今思うとマイナス金利も飛ばし記事どころか、たんなる日高記者の妄想がたまたま当たったという可能性だってある気がする。昨日の暴落のみならず、現在のCME基準で東証より500円下がっているわけで、ここまでの副作用があるとは思っていなかったかもしれない。もしかしたらある程度上げておけば下がっても安心だと思ったかもしれない。つまり、その記事を利用しようとした面もあるかもしれない。本当のところはわからないけど。

今回ポジションを持っていなかったので、自分自身になんら被害も利益も無かったわけだが、黒田総裁の今回の行動は本人が意図したかどうかは別として、それなりに意味がある。そしてある程度の必要性もあるだろうと思う。 要は「公式発表以前に誰かが書いた記事がたまたま当たるかもしれないから信じて取引しても良いけど、間違ったら君ら死ぬよ」というメッセージになる。こういうのを市場に周知させる(本人にその気があったかどうかは別)のは悪いことではないと思う。日銀会合発表前の記事で市場が乱高下するなんてあってはならないことだろう。ただ、今回の暴落黒田総裁はさすがに舌打ちしているかもしれない。日銀発表の一週間前くらいに否定しておけばここまでの被害は無かったと思う。

NISA口座ってあまり得じゃなくね?

NISA口座非課税は良いんだけど、上がった場合だけだよな。もしも下がってしまってから期限を迎えて一般なり特定口座に移した場合、取得値がその下がった値段になるんじゃね?そう思ったのでNISAの質問窓口に質問してみた。案の定、一般口座に移す場合はその下がった時価が取得値になるらしい・・・・ 一般口座に移すのではなく、そのまま損きりしても一般なり特定口座との損益通算がないので損。株価が上がり続けることが前提の口座であることがわかった。

何でいまさらNISAなんて調べたかというと、NISAで金ETFを買おうと思ったからだ。証券会社によっては手数料もかからないので、貯金の感覚で月5万づつとかこまめにETFを買っていこうと思った。が、そのままだらだら最後まで買って行くのはまずい。たとえ上がったとしてもどこかの時点で売却なり一般口座に移すという選択をしないと痛い目にあいそうだ。2年間使ってみて一向に利益にならないならNISA口座そのものの使用をやめるべきだろう。メリットがあるのだかないのだかよくわからない実に使いにくい口座だと思った。

KMDK(これから まいにち ドルを かおうぜ)

日銀の政策驚いた。日銀のバランスシートそこまで汚して良いのか。アベノミクスの中で経済対策が単なる円安化に過ぎず、これで何かが解決するとは思えない。一度目の緩和のころからずっと懐疑的に見ていたが、今回は怖くなった。金利差での円安という意味だけならば良かったのだが、場合によっては日銀が信用を失うことで円安になるというとてつもなく危険なシナリオが出てくるからだ。まぁ、株が上がりつづけ、見せ掛けでも好況感が出ていて、それを伴う通貨安ならばこの問題は起きないのだが、XXショックが起きたときにとてつもない危機になる気がする。又、国債こんなに買って、何時金利を上げるのだろうか。金利決定権を持つ機関が金利ショックに弱いとなったら本当にどうなるのだろうか?今まで介入したドルをそれなりに売り抜けてくれるのか?不安は尽きないが、つまりこれはポイントオブノーリターンであり、彼らのシナリオは「思惑通りに行った場合」に限られる。一度のでかいショックで今度は大惨事だろうなぁ。

 とりあえず政策批判なんてしてる場合ではないわけで、自分の持っている円資産の半分以上をドルでヘッジすることにした。簡単に言うと外貨預金するということだ。ただ、外貨預金は手数料が馬鹿でかいのでやる気が起きない。昔作って使っていないFX会社でドルを買って塩漬けにするつもりだったのだが、この会社悪いことに一万通貨単位からしか取引できない。とにかく毎日最低単位のドルを買って平均したいので、10000通貨単位だと一ヶ月買い続けるだけで二千万とかになるので全然だめ。というわけで最低取引単位が1000の会社を申し込んだ。

名づけて「KMDK(これから まいにち ドルを かおうぜ)」。どこかで聞いたことがある?よくもこんなキチガイ緩和を!!口座開設してる間に116円とか突破してそうでいやだなぁ。

日本語の乱れ-悪貨は良貨を駆逐するの誤用

僕は言葉の本来の意味というものは無いと思っている。正しい日本語という言い方をされるが、それはその世代がそう思い込んでいるだけのことも多いからだ。たとえば「ぜんぜん大丈夫」という”ぜんぜん”の後に肯定を入れるようなものは日本語の乱れだと少し上の世代は思っているようだが、もっと上の世代では普通に使われている。


又、誤用されたってたいして害の無いものは誤用されて、本来の意味が消えてもかまわないと思う。「情けは人のためならず」が”情けは人のためにならない”という意味で誤用されていると嘆く方々が居るが、別によいではないか。皆がそのように使用していけばそういった意味に変わるのだ。言葉に元来の本質的な意味などは無く、その使用されていく過程で如何様にも変化するし、その変化しているものを僕らは使用しているのだから。そしてその誤用がたいして気にされないのは、誤用による害がほとんど無いからであろう。 「情けは人のためならず」なんていわなくても「親切にすると自分に帰ってくるよ」と言い換えれば済む話なのであって、 「情けは人のためならず」という言葉の意味の変遷などそれほどの問題ではない。問題になるのは文学文芸の世界だけだろう。


専門書が奇妙な言葉を使用しているのはなぜだろうか?例えばUNIXに少しでも触れたことがあれば"775"という言葉で文脈混みですべてを理解できる。が、これを文章で表現するとかなり大変なことになる。要は文脈混みですべてを表せるので、こういった言葉の組み合わせが更なる高次の表現を可能とするということだ。 「情けは人のためならず」などのレベルだと、そういった高次の表現には余り必要が無いことが多い。ほとんど同じ語数で表せるからだ。使用感は余り変わらないので、後はどちらの表現だろうが”味わい”という個人的な感覚に関わることになる。


そこで表題だが、悪貨は良貨を駆逐するの誤用をちょくちょく見かける。悪いものが良いものを駆逐するという意味らしいが、格好つけたがって使用している割には語数が多いし、何しろ意味が違いすぎる。経済の分野で使われる本来の意味はむしろ逆なのだ。


「金含有量の少ない悪い通貨とそうでない通貨が同額の価値を中央銀行なり政府なり藩やら幕府なりから保証された場合、悪い通貨を早く処分し手元にはよい通貨を溜め込もうとする。市場には悪い通貨のみが流通され、よい通貨は退蔵されるばかりとなり、悪い通貨の価値は実質下がり始め、物価の・・・・エトセトラ」


誤用の悪は文脈の破壊にある。そしてそれは語数の問題である。だから語数が変わらない誤用は許せるが、文脈を破壊して語数を縮める機能を失わせるような誤用は許せない気分になる。著者が格好つけているつもりの場合は特に気持ち悪い。

最新コメント
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ