仕事

今年も終り、多忙な日々、プログラマの未来

多忙のためあまり更新していないが、年末くらい更新しようと。

10月ごろヒマだったんだが、最近仕事が忙しい。忙しいのに色々な会社から電話が掛かってきて、「今空いてないか」と聞いてくる。周りを見てみると、SEの環境も良くなったと思う。ホンの数年前までは徹夜上等な職場が多く、無理やり働かせて何とかしていたが、そういうことができなくなったというのが大きいのだろう。忙しいといっても10年前に比べたら大した事無い忙しさだ。

というわけで、当然その分人が要る様になるわけで、稼働時間の割にはなかなか高待遇の給料がもらえたりする。プログラマというと最近まで底辺だったが、もしかするとアメリカみたいに優遇される時代が来るのかもしれないと思う。とりあえず、来年の上半期くらいは仕事、それもブラックではない仕事、にあぶれることはなさそうだ。 

明日は仕事納め。今年もお疲れ様。 

フレームワーク開発時代に優秀なプログラマとは?

いつの頃からだろうか、世の中フレームワーク開発だらけになってしまった。多分これは成果といえるのだろうが、プログラマという職業にとっては死活問題だ。ある意味プログラマは死んだのかもしれない。オフショア開発が最近増えてきて実装は人件費の安いアジア各国というのが増えてきている。そこまでいかなくてもコストの安い派遣に実装させることが増えており、プロパー社員にはプログラマをやらせなかったりする。悪い言い方をすると、実装者は誰でも良くなっているのだろう。


フレームワーク開発は良いものを作れるわけではない。ただ「フレームワークに沿っている限り、一定の品質を保証できる」だけだ。だから質の悪いフレームワークは低い品質で一定するだろう。そうでないフレームワークだってそのフレームワークを逸脱しなければならない場合は、もはや一定の品質を保つのは不可能となる。つまり程ほどにハマリが良いフレームワークを使った程々に平均的なものを実装し、ほどほどの品質を保つというのがフレームワーク開発の正解なのだ。これは成功しているのだろうが、旧来のプログラマは気持ちが悪いと感じるかもしれない。


なんにせよ、プログラマというものの役割は変わってきた。というより役割が減ってきて固定化してきた。その中で優秀であるということはどういうことか。クリエイティブな部分にそれを求められないので、作業の効率化ということになる。例えばEclipseが吐き出すSQLのWHERE x = ? という部分の?を手で変換してテストしている人が居るが、こういった人は多分優秀でないプログラマということになるのだろう。毎日更新するバージョン管理ツールを手作業で行進する人もダメな部類の入るのだろう。要は自動化できる作業をどう自動化するか、手作業でやることをいかに減らすか、そういった工夫に頭を使うことだ。


楽しみがなくなりつつあるプログラマの仕事の中で、こういった工夫は確かに達成感がある。こういうことしか出来ないのは寂しいことなのだが。

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